2013年06月10日

『金子みすゞの詩』に思う……『鐘撞き人』からのメッセージ4

<東北再生スケッチ>愛読者の皆様へ


前略

愛読者の皆さんは覚えておられますか。
『舟曳き人』第U部<核と未来>篇【科学技術の巻】の各「扉の言葉」に金子みすゞさんの詩を三篇引用しました。

この≪福島≫篇のテーマは「科学Science技術に<良心>がなく、反科学Con'science技術には<良心Conscience>がある。[P186]は、福島第一原子力発電所の「原理」として機能していることを実体験から内部告発したもので、<核と未来>に斬りこんだものです。

そこで、皆さんも大好きな、イメージ豊かな「金子みすゞさんの詩」を楽しみましょう。


「楽隊」

活動写真の楽隊が、/だんだん近くなってくる。
そっとみ返りや、母さんは、/あっちをむいてお裁縫(しごと)よ。
活動写真の楽隊は、/ちょうど、表へ来てゐるに、
「ごめんなさい」をいひましよか、/だまって、かけて出てみよか。
活動写真の楽隊は、/だんだん遠く消えてゆく。

金子みすゞ作『美しい町』より
(現代漢字に変換)


やはり、この詩「楽隊」から<活動写真>に対する思いは、彼女もとても大きかったんだ、と察せられます。
つまり詩や視覚イメージへの共感は、とても映像的だから再生され、そのイメージも共有できるのだと実感しています。映画は<第7の芸術>です。

5月30日、TBSラジオ『誰かとどこかで』を何気なく拝聴していたところ、井上ひさし氏の話題の中で、永六輔さんが「憲法99条を知っていますか」と問いかけられておられた。

第99条  {最高法規―憲法尊重擁護義務}天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
第19条  {権利義務―思想及び良心の自由}思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第9条 {平和―戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認}


これらのトリプルNo.9条項をテーマに≪飽くなき探求心≫で「Kenjiとホッホの往復書簡」の<東北再生スケッチ>三部作の完結編『鐘撞き人』を「憲法記念日」に上梓しました。

2年半前の3.11東日本大震災からの重責に少し解放されるのではないか、と一段落したのかホッとしています。しかし、多くの方々の手にとっていただけるように、「富山の薬売り」のような行商運動をしていかなければなりません。ご支援いただければ幸いです。

先日の5月18日(土)、代々木中学校1984年卒業生の30周年同窓会の折に、同席した教え子達が「支援体制を作ろう!」と声をかけてくれ、目頭が熱くなりました。

『鐘撞き人』第V部<愛と平和>篇【政治経済の巻】では「日本の女性解放の<先駆者>の歩みに乾杯」[P106]の中で、「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった」と日本最初の女権宣言の原点『青鞜』創刊号(1911)の言葉にからむ与謝野晶子、高村智恵子、そして管野スガ、伊藤野枝の二人の悲劇的な女性たちのことも話題になっています。
<愛と平和>篇は、古今東西の50本の名画名作をあぶり出しながら、No.7で時代背景を浮き彫りにしていくジグソーパズルの≪Piece≫を埋めていくことで、≪平和Peace≫を創り出すことが具体的に構成されており、誰もが興味を持てるように工夫されています。

ルイス・マイルストン監督『西部戦線異状なし』(1930)とチャップリンの『モダン・タイムス』(1936)、<マルザボットの虐殺>を8歳の少女マルティーナの視点から告発したジョルジョ・ディリッティ監督『やがて来る者へ』(2009)、なんといっても最高傑作は両親への追悼を映像化したアンジェイ・ワイダ監督の『カチンの森』(2007)でした。
「40年の春、二万数千人のポーランド将校が消えた。この虐殺はナチスではなく、ソ連の政治警察である内務人民委員会の極秘指令によるもの、と真相が暴かれている。このように戦勝国の犯罪が裁かれていないのは問題点だ。」[P179]と『アンネの日記』にコラボさせながら、ワイダ監督の長年の思いを伝えています。
ドイツのヴァイツゼッカー大統領の名演説は≪あとがきにかえて<重人のつぶやき>≫[P203]で1985年5月8日の『荒れ野の40年』の国会演説の一説……「5月8日は心を刻む(エアインネルン)ための日であります。心に刻むというは、ある出来事が自らの内面の一部になるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのために、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。……しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現代に盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。……民主的に選ばれたわれわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい。そして範を示してほしい。」が、昨今の日本の政界の無責任な発言を聞くにつけ、この≪座右の銘≫にすべき名言を突き付けたい気分ですね。

『鐘撞き人』では「そのアイヒマン裁判を傍聴した『ハンナ・アーレント』を描いた女優でもあるマルガレーテ・フォン・トロッタ監督は第25回東京国際映画祭で、なぜか無冠で終わった。(少なくとも審査員特別賞にも値する傑作だが……)『ニューヨーカー』に寄稿したを哲学者ハンナは、ユダヤ人を強制収容所送りに協力したことを、あえて取り上げたため、誹謗中傷の嵐に曝される。しかし凛として<モラル(道徳心)とは何か>を問い直します。アイヒマンは粛々と命令義務を遂行しただけ、とユダヤ人虐殺で自らのアイデンティティを斬ったわけです。この<ホロコースト>を描く監督は大なり小なり過去に身内などが強制収容所送りされた方々であるという。」と、トロッタ監督の家族やワイダ監督、『サラの鍵』[P154]のジル・パケ=ブレネール監督を思い浮かべていました。

また、映画のお話をしていきますので「これからが、お楽しみだ!」で行きましょう。

岳 重人
posted by 岳重人 at 16:50| Comment(0) | 日記