今日から12月10日まで「人権週間」だ。
好奇心が一番旺盛な中高生が好きな映画を観ることを制限されるのは不愉快だろう。
それが[R15+][R18+]といったR指定だ。いわゆるレイティングと呼ばれる年齢制限による規制であり、事実上若者たちへの「映画統制」になる。
戦前には14歳になるまで映画館に入ることは許されなかった。
★つまり、戦前の映画法では全部[R15+]だった。ところで、1948年12月10日に世界人権宣言が第3回国連総会で採択された。その中で第27条〔文化的権利〕について考えてみよう。
「すべての者は、自由に社会の文化的な生活に参加し、芸術を享受し、並びに科学の進歩及びその利益を享受する権利を有する」と、第1項にある。
★さらに、第2項には「すべての者は、自己の科学的、文学的又は芸術的作品により生ずる精神的及び物質的利益の保護についての権利を有する」とあり、観る側と創る側の双方で科学的、文学的かつ芸術的な文化権利を「すべての者」が権利として持つことが宣言されている。この観点でR指定による年齢制限は納得がいかないだろう。
★もう一つ重要な第19条〔意見及び表現の自由〕で検証すると、矛盾点が明確になる。「すべての者は、意見及び表現の自由についての権利を有する。この権利には、干渉されることなく意見を持つ自由並びに、あらゆる方法により、国境とのかかわりなく、情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む」と、憲法第21条と同じ条項だ。
★少し歴史を振り返ってみよう。1939年10月1日「映画法」制定の2年前に、帝国議会で空前の大ヒット作『オーケストラの少女』論争があった。映画法案の審議の際、野口喜一代議士が非難攻撃した。「外画専門館には必ず国策映画を併合上映せしめ、二本立興行にすることが絶対に必要だ」と、当時の外国映画への偏見が表れている。
★「アメリカニズムに陶酔して時を過ごす如きは以ての外で、決して国民教化と善導とはならぬ」とし、具体例に「明眸皓歯のディアナ・タービンを主役とするオーケストラの少女が一たび封切らせらるるや、帝都の洋画ファンは挙げて熱狂して、続映更に続映の場合を展開した」と、澄んだ美しい瞳と白い歯の美人の象徴に嫉妬している。
★さらに、笑えない抗議が続く。「是等から我が日本人の得たものは何か、未だ残存する碧眼紅毛に対する依存的思想と、一本に80万円の邦貨を米国へ流れ込ました国家的損失の2つを挙げざるべからざる事実があるのであります」と、外国映画排斥を徹底しているナチス・ドイツに倣え、と1934年2月のドイツ「映画法」を例示した。
★この暴論に対して「外国映画があって日本映画が発達するのではないか」という
立場から鶴見祐輔代議士は切り返すが、衆寡敵せずだ。帝国議会での少数派の反論も線香花火のようで、外国映画への検閲がますます厳格になっていく。
現在のR指定による年齢制限も反対とは言えない時代が到来した。
「非国民」として排撃されたのだ。(岳 重人)
2013(平成25)年12月4日
「人権週間」に
2013年12月12日
「人権週間」に年齢制限を思う……『鐘撞き人』からのメッセージ(18)
posted by 岳重人 at 07:52| Comment(0)
| 日記
「民主的なデモがテロになる」に思う……『鐘撞き人』からのメッセージ(17)
特定秘密保護法案をゴリ押しする安倍首相のポスターにあるスローガン「日本を、取り戻す。」はGHQの「人権指令」以前に戻す。
戦前の思想統制と弾圧する機関を解散・解体されたが、「人権指令」の正式名「政治的・市民的及び宗教的自由制限の撤廃に関する覚書」を完全に葬り去り「秘密・軍事国家」への道を再び復活させる。
★やはり、そうだったのだ。昨年の『中央公論』8月号に「国家機密の耐えられない軽さ」と、現在ブログの内容で物議を醸している石破茂幹事長が論考を寄せている。
「国そのものが揺らいだら、『知る権利』など言っていられなくなるのだ。そういう意味で『知らせない義務』は『知る権利』に優先するというのが、私の考えだ。」
★この論考で透けて見えるのは、史上稀な悪法「特定秘密保護法案」の狙いだ。
ブログの中で「特定機密保護法絶対阻止」と、表現しているように「秘密」でなく「機密」なのである。「機密とは政治・軍事上の重要な秘密」であり、単なる「人に知られないように隠す、公開しないこと」レベルの問題ではないことが立証されているのだ。
★まさに本性を現した。「日本政府では一体、だれが、どこで物事を決めているんですか?私にはまったく理解できない。この国には、政治的な意志がない(No political will)」と2005年8月に米軍再編のために米国窓口として来日したローレス国防副次官は発言した。この時、元防衛庁長官の石破茂氏も副次官と会談している。
★リチャード・ローレス氏は、元CIA(米中央情報局)の諜報工作員で、東京やソウルの米国大使館で8年間の勤務実績があり、衛星や原子力など軍事関連技術の担当者だった。その後、レーガン政権で国家安全保障会議(NSC)スタッフを務めた人物。「再編協議は米軍のためだけでなく自衛隊との役割を見直すことで抑止力も高まる」
★このように釘を刺したのは「年内合意に向けて間断なく、スピーディに協議を進めていきたい」と、米国側の不信と不満を凝縮して、日本政治の構造的な問題点をえぐり出していた。
8年後の11月に日本版NSC(国家安全保障会議)が立法化された理由がここにある。沖縄の普天間基地を辺野古になかなか移転しない苛立ちがあった。
★「左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」「主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」と、断じる。
★本来の民主主義Democracy(社会的平等)とデモDmonstration(示威行為)は、切り離せない関係がある言葉でもあり、これを揶揄することは民主主義の根幹を否定することでもある。あの当時の防衛庁長官として石破茂氏が評価されていないのも頷ける言動だ。全く常識知らずの安倍・麻生・石破ボンボン・ボンクラ・トリオだけある。(岳 重人)
2013(平成25)年12月2日
「民主的デモがテロになる」日に
戦前の思想統制と弾圧する機関を解散・解体されたが、「人権指令」の正式名「政治的・市民的及び宗教的自由制限の撤廃に関する覚書」を完全に葬り去り「秘密・軍事国家」への道を再び復活させる。
★やはり、そうだったのだ。昨年の『中央公論』8月号に「国家機密の耐えられない軽さ」と、現在ブログの内容で物議を醸している石破茂幹事長が論考を寄せている。
「国そのものが揺らいだら、『知る権利』など言っていられなくなるのだ。そういう意味で『知らせない義務』は『知る権利』に優先するというのが、私の考えだ。」
★この論考で透けて見えるのは、史上稀な悪法「特定秘密保護法案」の狙いだ。
ブログの中で「特定機密保護法絶対阻止」と、表現しているように「秘密」でなく「機密」なのである。「機密とは政治・軍事上の重要な秘密」であり、単なる「人に知られないように隠す、公開しないこと」レベルの問題ではないことが立証されているのだ。
★まさに本性を現した。「日本政府では一体、だれが、どこで物事を決めているんですか?私にはまったく理解できない。この国には、政治的な意志がない(No political will)」と2005年8月に米軍再編のために米国窓口として来日したローレス国防副次官は発言した。この時、元防衛庁長官の石破茂氏も副次官と会談している。
★リチャード・ローレス氏は、元CIA(米中央情報局)の諜報工作員で、東京やソウルの米国大使館で8年間の勤務実績があり、衛星や原子力など軍事関連技術の担当者だった。その後、レーガン政権で国家安全保障会議(NSC)スタッフを務めた人物。「再編協議は米軍のためだけでなく自衛隊との役割を見直すことで抑止力も高まる」
★このように釘を刺したのは「年内合意に向けて間断なく、スピーディに協議を進めていきたい」と、米国側の不信と不満を凝縮して、日本政治の構造的な問題点をえぐり出していた。
8年後の11月に日本版NSC(国家安全保障会議)が立法化された理由がここにある。沖縄の普天間基地を辺野古になかなか移転しない苛立ちがあった。
★「左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」「主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」と、断じる。
★本来の民主主義Democracy(社会的平等)とデモDmonstration(示威行為)は、切り離せない関係がある言葉でもあり、これを揶揄することは民主主義の根幹を否定することでもある。あの当時の防衛庁長官として石破茂氏が評価されていないのも頷ける言動だ。全く常識知らずの安倍・麻生・石破ボンボン・ボンクラ・トリオだけある。(岳 重人)
2013(平成25)年12月2日
「民主的デモがテロになる」日に
posted by 岳重人 at 06:42| Comment(0)
| 日記
「映画の日」に年齢制限を思う……『鐘撞き人』からのメッセージ(16)
今日は「映画の日」だ。『レジャー白書2013』の「余暇活動調査」が興味深い。余暇活動の参加人数上位20位では、国内観光旅行、ドライブ、外食に続いて映画が昨年と同じく4位を維持した。「映画」の参加人口は4.090万人(4.160)、参加率は40.1%(40.6)、男性が37.3%(37.5)で女性は42.8%(43.5)と6%ほど高い傾向にある。
★さらに、年間の活動回数は8.2回(6.9)、年間平均費用は7千円(7千6百円)、1回当たり費用は850円(1.100)となり、カッコ内2011年よりも2012年に活動回数が増えている。ここで全国の参加人口の推移を見ると、2003年4.150万人と2005年まで4.000万台で2009年5.260万人をピークに2010年5.150万人と減少しつつある。
★この調査は全国15歳以上79歳以下の男女を対象に、2013年1月にインターネットにより行われ、有効回答サンプル数は3.334人だ。参加率(年に1回以上参加した割合=40.1%)を地域別にみると、高い順に埼玉52.5%、東京50.2%、神奈川46.3%、愛知45.6%、そして大阪44.9%と続く。一番低いのは三重と奈良、和歌山28.3%だ。
★やはり大都市を中心にシネマ・コンプレックス方式、いわゆるシネコン映画施設が増えているからだろう。一方、新幹線の利便性の恩恵を受けない都市では、映画参加人口は多くない。自然に恵まれ、風向明媚な地方では観光旅行やドライブに参加する確率が増えることも当然だ。確かに何も暗い空間で時間を過ごすことも無いだろう。
★1956年から第58回「映画の日」の永年勤続功労章受章者(勤続40年以上)は60名で1973年から映画業界に従事し、業界発展に尽力してきた方々だ。当時の平均入場料金は500円の時代だった。今は学生割引でも1.300円、60歳以上のシニア割引料金が1.000円であるが、当日券1.800円と世界と比べてもかなり割高感がぬぐえない。
★また、好奇心が一番旺盛な中高生が好きな映画を観ることを制限されるのは不愉快だろう。それが[R15+][R18+]といったR指定だ。いわゆるレイティングと呼ばれる年齢制限による規制であり、事実上若者たちへの「映画統制」になる。戦前には14歳になるまで映画館に入ることは許されなかった。それが「映画法」の姿だった。
★「映画法」第17条は「危害予防、衛生、教育其ノ他公益保護」などの必要によって「興行時間、映写方法、入場者ノ範囲其ノ他映画ノ上映ニ関シ」制限してよろしい、と定めたのだ。「映画法」が1939年10月1日から施行され、1940年1月1日の正月から実施された。現在は、2009年4月23日制定の『映画倫理綱領』で制限される。
★ということは、戦前の映画法の時代に倣って、R指定を乱発する危険性はないのか。ちょうど「特定秘密保護法案」が戦前の国家統制の復活を狙うように、来年に5年目になる映倫の「自主検閲」が悪しき方向に向かう危惧を抱く。つまり、二重、三重の過度な規制をかけることが現実になりつつある。それは[R18+]が増えることだ。(岳 重人)
2013(平成25)年12月1日
「映画の日」に
★さらに、年間の活動回数は8.2回(6.9)、年間平均費用は7千円(7千6百円)、1回当たり費用は850円(1.100)となり、カッコ内2011年よりも2012年に活動回数が増えている。ここで全国の参加人口の推移を見ると、2003年4.150万人と2005年まで4.000万台で2009年5.260万人をピークに2010年5.150万人と減少しつつある。
★この調査は全国15歳以上79歳以下の男女を対象に、2013年1月にインターネットにより行われ、有効回答サンプル数は3.334人だ。参加率(年に1回以上参加した割合=40.1%)を地域別にみると、高い順に埼玉52.5%、東京50.2%、神奈川46.3%、愛知45.6%、そして大阪44.9%と続く。一番低いのは三重と奈良、和歌山28.3%だ。
★やはり大都市を中心にシネマ・コンプレックス方式、いわゆるシネコン映画施設が増えているからだろう。一方、新幹線の利便性の恩恵を受けない都市では、映画参加人口は多くない。自然に恵まれ、風向明媚な地方では観光旅行やドライブに参加する確率が増えることも当然だ。確かに何も暗い空間で時間を過ごすことも無いだろう。
★1956年から第58回「映画の日」の永年勤続功労章受章者(勤続40年以上)は60名で1973年から映画業界に従事し、業界発展に尽力してきた方々だ。当時の平均入場料金は500円の時代だった。今は学生割引でも1.300円、60歳以上のシニア割引料金が1.000円であるが、当日券1.800円と世界と比べてもかなり割高感がぬぐえない。
★また、好奇心が一番旺盛な中高生が好きな映画を観ることを制限されるのは不愉快だろう。それが[R15+][R18+]といったR指定だ。いわゆるレイティングと呼ばれる年齢制限による規制であり、事実上若者たちへの「映画統制」になる。戦前には14歳になるまで映画館に入ることは許されなかった。それが「映画法」の姿だった。
★「映画法」第17条は「危害予防、衛生、教育其ノ他公益保護」などの必要によって「興行時間、映写方法、入場者ノ範囲其ノ他映画ノ上映ニ関シ」制限してよろしい、と定めたのだ。「映画法」が1939年10月1日から施行され、1940年1月1日の正月から実施された。現在は、2009年4月23日制定の『映画倫理綱領』で制限される。
★ということは、戦前の映画法の時代に倣って、R指定を乱発する危険性はないのか。ちょうど「特定秘密保護法案」が戦前の国家統制の復活を狙うように、来年に5年目になる映倫の「自主検閲」が悪しき方向に向かう危惧を抱く。つまり、二重、三重の過度な規制をかけることが現実になりつつある。それは[R18+]が増えることだ。(岳 重人)
2013(平成25)年12月1日
「映画の日」に
posted by 岳重人 at 06:02| Comment(0)
| 日記