2013年12月18日

「ネルソン・マンデラ氏の追悼」に思う……『鐘撞き人』からのメッセージ(21)

「ファイナル・カウントダウン」の分岐点だ。この法律を廃棄する運動を、日本国憲法第99条<憲法尊重擁護の義務>「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」を守らせ、第21条<表現の自由>の国民主権・基本的人権のデモがテロ活動なんて社会を拒否する。

★10日の南アメリカ・ヨハネスブルグでのネルソン・マンデラさんの追悼式典で、若い頃の唇をきりっと閉じた顔と釈放後の笑顔の写真が並置されている。
12月5日に他界されたマンデラ氏の追悼式には世界各国と国際機関から100名ほどの元首や首脳級が出席された。人権感覚のない我が国の首相は、どういうわけか欠席である。

★学生時代にマンデラ氏に影響を受けたオバマ大統領は「危険を冒してでも理想に従って行動する力を示してくれた。法を変え、人々の心をも変えた。不可能に思える問題でも成し遂げられるとわれわれに思い出させてくれる」といい「歴史上の巨人」と称えた。
雨降りしきるサッカー競技場で9万5千人がマンデラ氏の偉業を偲んだ。

★クリント・イーストウッド監督『インビクタス〜負けざる者たち』を思い出した。
「南アフリカ共和国の新生の歩みでラグビーを背景に≪赦しが魂を自由に≫の実話傑作。時は、1995年ワールドサッカー会場、主将ピナールのボクス対オールブラックスが決勝戦。白人の象徴だったボクスの緑と金色の紋章が黒軍団に肉弾戦」で挑む。

★「前年5月、マンデラは大統領就任演説で、様々な人種と民族が融和し光り輝くように民主南アを≪虹の国≫と願った。27年半の獄中生活から解放された彼と混成警備陣にも不安と蔑みも。が<インビクタス不屈>の精神で『一つのチーム、一つの祖国』に祝福を!」とテーマ『虹の光彩』で映画評を2010年2月公開時に発表した。

★ネルソン・マンデラ氏は1918年生まれ。2008年の生誕90周年にデンマークのビレ・アウグスト監督『マンデラの名もなき看守』が≪囚われた27年間≫を描いた。
マンデラは共産主義の危険なテロリストだ、と信じ続けた看守ジェームズ・グレゴリーの実話で、57回ベルリン国際映画祭で平和映画賞を受賞するほどの感動作だ。

★彼が盗み見したのが『自由憲章』だ。アパルトヘイトに疑問を抱き、マンデラの思想とその人柄にに惹かれていく。「全人民の意志に基づいた民主的な国家だけが、肌の色や人種、性別、信条によって区別されることのない生得権を人民に保障できる。」と、アフリカ民族会議ANCが1955年に採択した人種差別撤廃の宣言である。

★「我々は、力と勇気を尽くして、民主的変革を勝ち取る日まで、共に闘い抜くことを誓う」に、黒人蔑視の看守グレゴリーは一人の人間として目覚めていく。
今では世界遺産のロベン島で思案し世界中に伝播したマンデラの「人種を超えて平和に暮らせる世界」を希うメッセージは、21世紀の人々の心の中にも生き続けていくだろう。(岳 重人)


2013(平成25)年12月11日
「ネルソン・マンデラさんの追悼」の翌日に
posted by 岳重人 at 17:08| Comment(0) | 日記