岳 重人の『国護り人』からのメッセージなど、岳 重人のエッセイなどを更新していきます。
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2014年04月15日
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| 日記
「靖国参拝」に国際政治を想う………『国護り人』のメッセージ(57)
1941(昭和16)年1月8日、陸軍大臣・東條英機は『戦陣訓』を発表、戦場における軍人の具体的行動のあり方だ。「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」という徳目が、「大和魂」という精神主義と捕虜の絶対否定が方向づけられた。『軍人勅諭』の忠節・礼儀・武勇・信義・質素の五ヶ条の徳目に加わった。
★昨年の12月26日に安倍ボンは第二次政権1周年に「不戦の決意」を名目に靖国参拝を強行した。本人が危惧した通りに政治問題、外交問題化して、いまだ日韓、日中の首脳会談は実現していない。東京裁判でA級戦犯の東条英機も合祀されている。それが戦犯を崇拝するものだ、との内外の批判も安倍ボンには織り込み済みなのだ。
★確信犯としての靖国参拝である。そんな首相がもう一人いた。それは原発0への「変人」小泉元首相だ。彼は2005年10月17日、同様に参拝直後に中国、韓国などから強い反発が上がった。なぜこんな反響を無視してまで参拝したのだろうか。また、任期中最後の2006年8月15日も内外注目の的で「公約」通りに靖国参拝を行った。
★合祀問題を理解するために、少し寄り道をしよう。まず1959年にB,C級戦犯を合祀し、1978年にはA級戦犯も合祀することになる。これで日本外交にとって靖国参拝という微妙な国際問題を抱え込むことになる。これらの合祀がない時代は1951年の吉田茂内閣全閣僚・衆参両院議長が公式参拝し、昭和天皇、皇后も行幸啓されていた。
★靖国神社の一角にある「遊就館」は物議を醸す展示館だ。彗星艦上爆撃機や特攻隊員の遺書や貴重な「英霊」の遺品もあるが、知覧特攻平和会館と違うのは、展示内容が偏った歴史観で彩られていることだ。歴史は古い。1882年に開館した軍事博物館が1923年の関東大震災で大破した。その後再建されたが、終戦後に閉館させられた。
★現在の「遊就館」は、1986年に新装されたもので、展示説明の中「(不況下の)ルーズベルトに残された道は資源に乏しい日本を禁輸で追い詰めて開戦を強要することだった。(日本の)参戦によって米経済は完全に復興した」などの記述があり、当時の米国のシーファー駐日大使やアーミテージ元国務副長官が批判したことがあるほどだ。
★昨日の2月3日の衆議院予算委員会でも、靖国神社参拝を高く評価する議員に、安倍首相は「一国のリーダーがしっかりと手を合せる姿を認めることで、(遺族には)自分の気持ちの中で癒しがあったと推測する。米国に誤解を与えないようしっかりと説明することで日米の絆を揺るぎないものにしていきたい」と、答弁している。
★野党議員の「道徳や愛国心養成を国が主導する必要があるか」に「新しい教育基本法の精神にのっとって教育が行われなければならない」と、規範意識の重要性と日本人のアイデンティティを確立することだと力説した。一瞬だが『戦陣訓』が去来した。(岳 重人)
2014(平成26)年2月4日
「立春」の日に
★昨年の12月26日に安倍ボンは第二次政権1周年に「不戦の決意」を名目に靖国参拝を強行した。本人が危惧した通りに政治問題、外交問題化して、いまだ日韓、日中の首脳会談は実現していない。東京裁判でA級戦犯の東条英機も合祀されている。それが戦犯を崇拝するものだ、との内外の批判も安倍ボンには織り込み済みなのだ。
★確信犯としての靖国参拝である。そんな首相がもう一人いた。それは原発0への「変人」小泉元首相だ。彼は2005年10月17日、同様に参拝直後に中国、韓国などから強い反発が上がった。なぜこんな反響を無視してまで参拝したのだろうか。また、任期中最後の2006年8月15日も内外注目の的で「公約」通りに靖国参拝を行った。
★合祀問題を理解するために、少し寄り道をしよう。まず1959年にB,C級戦犯を合祀し、1978年にはA級戦犯も合祀することになる。これで日本外交にとって靖国参拝という微妙な国際問題を抱え込むことになる。これらの合祀がない時代は1951年の吉田茂内閣全閣僚・衆参両院議長が公式参拝し、昭和天皇、皇后も行幸啓されていた。
★靖国神社の一角にある「遊就館」は物議を醸す展示館だ。彗星艦上爆撃機や特攻隊員の遺書や貴重な「英霊」の遺品もあるが、知覧特攻平和会館と違うのは、展示内容が偏った歴史観で彩られていることだ。歴史は古い。1882年に開館した軍事博物館が1923年の関東大震災で大破した。その後再建されたが、終戦後に閉館させられた。
★現在の「遊就館」は、1986年に新装されたもので、展示説明の中「(不況下の)ルーズベルトに残された道は資源に乏しい日本を禁輸で追い詰めて開戦を強要することだった。(日本の)参戦によって米経済は完全に復興した」などの記述があり、当時の米国のシーファー駐日大使やアーミテージ元国務副長官が批判したことがあるほどだ。
★昨日の2月3日の衆議院予算委員会でも、靖国神社参拝を高く評価する議員に、安倍首相は「一国のリーダーがしっかりと手を合せる姿を認めることで、(遺族には)自分の気持ちの中で癒しがあったと推測する。米国に誤解を与えないようしっかりと説明することで日米の絆を揺るぎないものにしていきたい」と、答弁している。
★野党議員の「道徳や愛国心養成を国が主導する必要があるか」に「新しい教育基本法の精神にのっとって教育が行われなければならない」と、規範意識の重要性と日本人のアイデンティティを確立することだと力説した。一瞬だが『戦陣訓』が去来した。(岳 重人)
2014(平成26)年2月4日
「立春」の日に
posted by 岳重人 at 16:59| Comment(0)
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