2013年11月20日

「改憲ナチスに学べば」に思うU…『鐘撞き人』からのメッセージ (10)

…麻生太郎副総理兼財務相の講演が内外の喧噪に晒される。「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口を学んだらどうかね」と、ナチスを肯定したとも思われる発言が問題になっているからです。全体の主張は、喧噪のなかで憲法改正したくない、隠密裏にしたらどうか、でしょう…(2013・8・6『鐘撞き人』からのメッセージ6より)

★このように8月6日に「改憲ナチスに学べば」で警醒した。
その第一弾が「特定秘密保護法案」が急ピッチで、時の権力者にすべての権限が委任されるような形で、ナチス・ヒトラーが全権委任法によって独裁者の道に突き進む……
麻生氏が衆議院議員選挙の当日に安倍首相に「あなたは歴史上にない独裁者に……」と示唆した通りになる。

★キャロライン・ケネディ氏が軽やかに爽やかに新駐日大使として東京の地を踏みしめた。
来日後に11月16日はメディアの各紙が一面トップで報じた。
ちょうど半世紀前の11月22日には父のジョン・F・ケネディ大統領は ダラスで暗殺された。
あの時の衝撃は日米初の衛星放送で伝えられた。これも<歴史の因縁>が感じられる。

★<東北再生スケッチ>三部作の完結編の『鐘撞き人』第V部<愛と平和>篇が5月3日「憲法記念日」に上梓された。
その中で「一九六三年の国葬の際に『伝道の書』の朗読でケネディ大統領は荼毘に付され た。
長女のキャロラインは5歳だった」と触れている。
そのキャロラインさんが、まさかの日本大使として赴任されるとは。

★『鐘撞き人』の時代設定は1931年で、宮沢賢治が亡くなる2年前。
療養中の彼が「雨ニモマケズ」を記した年だ。
これは日本が15年戦争への序曲を奏でた年でもあった。
1931年、関東軍が9・18に満州事変を謀略し、<絶対国防圏>かつ<生命線>確保と拡大路線を取り始める。
11月16日に閣議はチチハル占領の否決をしたが。

★「時すでに遅し!」関東軍は独断専行の占領命令を下し、戦火は拡がりを消せない。
12月27日には閣議で満州へ朝鮮軍の一時的増派を決定、と国が関東軍の軍拡路線を追認していくことになる。
戦時体制を動かす<歴史の歯車>は、もう止めどもなく軍需産業の潤滑油を注がれてブレーキの効かない暴走機関車と成り果てていったのだ。

★自民党憲法改正草案「第99条の緊急事態の宣言の効果」に背筋が寒くなる。
「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」と、国家暴走がOK。

★「特定秘密保護法」は、ちょうどヒトラーがワイマール憲法を<静かに>葬り去ったように、≪国民主権≫の現行法をないがしろにするための第一歩に位置付けられているのがわかるだろう。
現憲法の前文「日本国民は、正当に選挙された国会に……」に対して
改正案の前文は「日本国は、長い歴史と固有の文化……」と国家主義なのだ。


2013(平成25)年11月20日
「ケネディ暗殺」の2日前に
posted by 岳重人 at 16:26| Comment(0) | 日記
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