2014年02月24日

「日英同盟締結」の日に思う………『国護り人』のメッセージ(53)

「わたしも先見の明がある。軍備の強化こそが中国を抑えられると早くから考えていた」と『強い国』を目指して国防費も倍々アップしていくつもりだろうか。有難迷惑だ。1000兆円の借金国に、そんなお金が何処にあるのか。飛行機代だけで1億円以上も超過で税金の無駄遣い。だから第一次大戦前の英独競合関係に口が滑るのだ。

★ヒトラーがドイツ連邦首相<国防派No.1>に就任した31年前の世界史を眺めてみよう。1902(明治35)年1月30日、日英同盟が締結された。「第1条:両締約国ハ若シ右等利益ニシテ列国ノ侵略的行動ニ因リ・・・干渉ヲ要スヘキ騒動ノ発生ニ因リテ侵迫セラレタル場合ニハ、・・・利益ヲ擁護スル為必要欠クヘカラサル措置ヲ」承認する。

★これは2年前の1900年義和団事件にまで遡らなければならない。北京に包囲された列国公使団らを救助し、清朝に圧力をかけるために英・米・仏・独・伊・墺・露・日等8か国の共同出兵がなされた。総数4万7400人のうち、2万2千人を日本が、1万374人をロシアが派遣して主力を構成している。つまり日本軍が半分を占めていた。

★1901年9月、北京議定書が調印され、賠償金が4億5000万両の支払い、北京・天津その他の駐兵権など清国にとって屈辱的な内容が押し付けられた。しかし、その後も満州に兵力を留めて、撤兵しないロシアとの間で、緊張が高まる。そこで、小村寿太郎外相は1901年12月7日の元老会議で意見書を提出して、日英同盟を採用した。

★翌年一月末に日英同盟はロンドンでトントン拍子に締結された。これが、日露戦争の伏線になったことがお分かりだろう。「日本国ニ取リテハ其清国ニ於テ有スル利益ニ加フルニ、韓国ニ於テ政治上並ニ商業上及、工業上格段ニ利益ヲ有スル以テ」と、いわゆる国の権益−「国益」を守るという大義名分で、攻め入る理由がここにある。

★何やらきな臭い。もうお気づきだろうが、2014年1月30日現在、通常国会で答弁されている「集団的自衛権」と同じことだ。安倍首相の施政方針演説でも「集団的自衛権や集団安全保障などについては、『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』の報告を踏まえ、対応を検討してまいります」と「10 積極的平和主義」を力説した。

★『美しい国へ』で「国連憲章51条には、『国連加盟国には個別的かつ集団的自衛権がある』ことが明記・・・世界で国家がもつ自然の権利だ・・・権利はあるが行使できない、とする論理が、はたしていつまで通用するのだろうか。行使できるということは・・・ひとえに政策判断であり、めったに行使されるものではない」が、安倍ボンは暴走する。

★1907(明治40)年、日露戦争後に恐慌がやってくる。日本とロシアが朝鮮・満州に対する支配をめぐり1904年から翌年にかけ「勝利なき勝利」戦争だった。その上、アメリカ発の世界恐慌の波及による大打撃を受けたものだ。積極的平和主義なんかいらない。(岳 重人)


2014(平成26)年1月30日
「日英同盟締結」の日に
posted by 岳重人 at 21:39| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: