2014年04月16日

「新・教育基本法」に愛国心を想う………『国護り人』のメッセージ(58)

野党議員の「道徳や愛国心養成を国が主導する必要があるか」に「新しい教育基本法の精神にのっとって教育が行われなければならない」と、規範意識の重要性と日本人のアイデンティティを確立することだと力説した。一瞬だが『戦陣訓』が去来した。

★安倍ボンが答弁した新・教育基本法の「教育の目的」には「郷土愛、愛国心を養う」とはなっていない。「第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として、必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」が、「教育の目的」である。第二条が「教育の目標」になる。

★ここに、安倍ボンの一知半解な理解力と性急さが露呈している。いい加減に解釈

して条文すら誤用しているのだ。5項目の最後は「五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」となる。首相答弁の引用は、正確に期すべきだ。

★どこに「愛国心を養う」とあるのだろうか。あくまでも「我が国と郷土を愛する態度を養うこと」なのだ。ここで、1月27日「国旗制定記念日」の一節を再録しよう。(1910年の第一次改訂の国定修身教科書では「忠君報国」が一体化し、「滅私奉公」「尽忠報国」等が説かれて、決戦体制下では「皇国民錬成」が目標になっていく)。

★安倍ボンが目指す「教育の目標」は戦前の「愛国心を、取り戻す。」ことにある。合祀問題でも1978年のA級戦犯も合祀された後には、昭和天皇、皇后も行幸啓されておられない。それは国際社会と日本の戦争責任を深く心の奥底に秘めておられ、別な形で多くの戦争犠牲者を追悼されておられるのだ。その足跡を辿って学びたい。天皇陛下は皇太子時代から戦没者慰霊に心砕かれてきた。その中でも沖縄への追悼の念は厚く計9回も沖縄県を訪問されている。1981年8月7日、「日本では、どうしても記憶しなければならないことが4つある。(終戦記念日と)広島の原爆、長崎の原爆、そして6月23日の沖縄の戦いの終結の日」が皇太子時代の記者会見だった。

★最初の1975年の「ひめゆりの塔」で火炎瓶を投げつけられる事件が起きた。とても心痛める体験をされたにもかかわらず、戦没者追悼の旅は続けられた。1993年4月23日、沖縄平和祈念堂では「住民を巻き込む地上戦が行われ、20万人の人々が犠牲になったことに対し、言葉に尽くせぬものを感じます」と、天皇陛下のお言葉だ。

★さらに「戦後の沖縄の人々の歩んだ道は、厳しいものがあったと察せられます」と150人の遺族を前に一字一句かみしめるように6分間も感情を込めてお話しされた。2005年6月27日には戦後60年の慰霊で米自治領北マリアナ諸島のサイパン島を2日間訪問。「常に国民と苦楽をともに」の旅は今も続けておられる。千思万考を学ぶ。(岳 重人)


2014(平成26)年2月5日

「さっぽろ雪まつり」の日に
posted by 岳重人 at 12:41| Comment(0) | 日記
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