2014年02月27日

「東京駅の十二支」に思う………『国護り人』のメッセージ(54)

今年、没後80年を迎えた夢二の命日が9月1日という不思議な因縁は、関東大震災の記念日でもある。1932(大正12)年9月1日午前11時58分32秒に発震。震源は約80キロ、相模湾沖伊豆大島付近の海底でM7.9.死者行方不明10万5千人、住宅の全半壊は、25万軒を超えた。浅草のランドマーク「十二階」が途中から崩壊した。

★<東北再生スケッチ>三部作『鐘撞き人』のKenjiからファン・ホッホさんへの往復書簡でもアムステルダム駅を模した「東京駅」が話題になっている。「2012年10月1日に図面をもとに復元されました。設計士は辰野金吾氏で、生涯設計したい建築物として国立銀行、横幅335メートルの赤レンガ駅舎の中央停車場、国会議事堂の3つ」

★と同時に、東京駅が開業した時代背景にも触れていた。「1914(大正3)年12月20日、開業当時は南北に大きなドームがあった。これは、第一次大戦における中国青島(ちんたお)陥落を兼ねた祝賀式の象徴でもあったそうです」と列強国に参戦した日本軍の戦果を讃えて、2つの八角ドームを誇る赤レンガ駅舎では盛大に開業祝賀式が挙行された。

★「しかし1945(昭和20)年5月25日夜、南方基地を発進した爆撃機B29約250機は、2時間半にわたって焼夷弾による無差別爆撃、焼夷弾を直接浴びた北口だけでなく、火焔は中央口から南口まで広がり、ごうごうという音を立てて、バラバラと内側に焼け落ちました。あの関東大震災でも持ちこたえたドームは脆くも燃え尽きた」

★ついに「その2つのドームが復活しました。南北ドームの内側の八角隅には、卯(東)・酉(西)・午(南)・子(北)の4つの干支を除いた十二支がデザイン化されています」と、方角を意味する4つの干支が、なぜ東京駅にはいないのかは不明のままだった。なんと国重要文化財でお色直し中の佐賀県武雄市の武雄温泉楼門に配されていた。

★昨年の4月20日付の朝日新聞が報じた。そこで武雄と東京を合せて十二支が初勢揃い。1854年生まれの年の「野の遊び心」だ。現在の佐賀県唐津市出身の辰野にとって「望郷の念」が反映されている。劇画風に例えると、の間の卯(東)は一緒に酉(西)午(南)子(北)と東京駅から逃避し、西南来た故里の楼門に鎮座している。

★こんなユーモアを思い浮かべて楽しむのもいい。残った東北の再生を願う心も忘れてはならない、と自戒をこめるのもいい。一日限定で2月1日に正午から午後8時までだけ一同に会する。ただ、卯と酉の彫刻は取り外すと壊れる恐れがあり、写真パネル展示となる。翌年の1915年に楼門は完成し2005年に国重要文化財に指定された。

★「南北と中央部の高さ20メートルに時計がお目見え。戦災後の洋数字の文字盤を開業当時と同じローマ数字に戻し、文字盤の横のフランジ部分には、昔の鉄道車両の車軸を使用し、復元工事が始まった07年まで使われていた時計から再利用されています」と、Kenjiは鉄道ファンのエールをアムステルダムのファン・ホッホさんに贈った。(岳 重人)


2014(平成26)年2月1日
「十二支、初の勢揃い」の日に
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2014年02月24日

「日英同盟締結」の日に思う………『国護り人』のメッセージ(53)

「わたしも先見の明がある。軍備の強化こそが中国を抑えられると早くから考えていた」と『強い国』を目指して国防費も倍々アップしていくつもりだろうか。有難迷惑だ。1000兆円の借金国に、そんなお金が何処にあるのか。飛行機代だけで1億円以上も超過で税金の無駄遣い。だから第一次大戦前の英独競合関係に口が滑るのだ。

★ヒトラーがドイツ連邦首相<国防派No.1>に就任した31年前の世界史を眺めてみよう。1902(明治35)年1月30日、日英同盟が締結された。「第1条:両締約国ハ若シ右等利益ニシテ列国ノ侵略的行動ニ因リ・・・干渉ヲ要スヘキ騒動ノ発生ニ因リテ侵迫セラレタル場合ニハ、・・・利益ヲ擁護スル為必要欠クヘカラサル措置ヲ」承認する。

★これは2年前の1900年義和団事件にまで遡らなければならない。北京に包囲された列国公使団らを救助し、清朝に圧力をかけるために英・米・仏・独・伊・墺・露・日等8か国の共同出兵がなされた。総数4万7400人のうち、2万2千人を日本が、1万374人をロシアが派遣して主力を構成している。つまり日本軍が半分を占めていた。

★1901年9月、北京議定書が調印され、賠償金が4億5000万両の支払い、北京・天津その他の駐兵権など清国にとって屈辱的な内容が押し付けられた。しかし、その後も満州に兵力を留めて、撤兵しないロシアとの間で、緊張が高まる。そこで、小村寿太郎外相は1901年12月7日の元老会議で意見書を提出して、日英同盟を採用した。

★翌年一月末に日英同盟はロンドンでトントン拍子に締結された。これが、日露戦争の伏線になったことがお分かりだろう。「日本国ニ取リテハ其清国ニ於テ有スル利益ニ加フルニ、韓国ニ於テ政治上並ニ商業上及、工業上格段ニ利益ヲ有スル以テ」と、いわゆる国の権益−「国益」を守るという大義名分で、攻め入る理由がここにある。

★何やらきな臭い。もうお気づきだろうが、2014年1月30日現在、通常国会で答弁されている「集団的自衛権」と同じことだ。安倍首相の施政方針演説でも「集団的自衛権や集団安全保障などについては、『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』の報告を踏まえ、対応を検討してまいります」と「10 積極的平和主義」を力説した。

★『美しい国へ』で「国連憲章51条には、『国連加盟国には個別的かつ集団的自衛権がある』ことが明記・・・世界で国家がもつ自然の権利だ・・・権利はあるが行使できない、とする論理が、はたしていつまで通用するのだろうか。行使できるということは・・・ひとえに政策判断であり、めったに行使されるものではない」が、安倍ボンは暴走する。

★1907(明治40)年、日露戦争後に恐慌がやってくる。日本とロシアが朝鮮・満州に対する支配をめぐり1904年から翌年にかけ「勝利なき勝利」戦争だった。その上、アメリカ発の世界恐慌の波及による大打撃を受けたものだ。積極的平和主義なんかいらない。(岳 重人)


2014(平成26)年1月30日
「日英同盟締結」の日に
posted by 岳重人 at 21:39| Comment(0) | 日記

「ヒトラー首相就任の日」に思う………『国護り人』のメッセージ(52)

モーツァルトの没後150年記念の1941年12月4日に、ウィーン国立歌劇場でナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルスが、モーツァルトに贈るスピーチをしました。“明日、彼から人生最上の時期を与えられたウィーンの町で、彼の死の時刻に鐘が鳴り渡る時、すべての音楽の世界は彼とともにあることでしょう”とアマデウスを讃える。

★1933年1月30日にドイツ連邦首相<国防派No.1>ヒトラーはワイマール憲法を葬り去って、独裁体制を確立して思うがまま暴走していった。「1929年に始まった世界恐慌は、ヨーロッパの復興を支えていたアメリカの好況に打撃を与え、ドイツにおいてナチスの台頭をうながすことになった」とは安倍晋三・著『美しい国へ』の引用だ。

★さらに「1933年にはヒトラーがドイツの首相となり、領土拡張の野心を見せはじめる。20年代から政権の座にあったムッソリーニ率いるイタリアも、1935年にエチオピアに侵攻、1938年には、ナチスドイツがオーストリアとの合併を行った」と、安倍ボンは第二次大戦の原因とその経緯を第4章「日米同盟の構図」で語っている。

★また、第1章「わたしの原点」ではチャーチルへの讃歌を忘れない。「古今東西の政治家のなかで、わたしがもっとも決断力に富んでいたと思うのは、英国の首相チャーチルである。・・・かれには先見の明があった。軍備の強化こそがナチスを抑えられると早くから考えていた。はじめ、その主張は無視されていたが」と、決断力に心酔。

★「やがてチェンバレン内閣のヒトラーに対する『宥和政策』が、結果的にナチスドイツの侵略を招いたことがイギリス国民に理解されると、首相に選ばれる。のちに『一人の人間の精神の働きがこれほどまでに世界史の働きと一致したことはかつてなかった』と自ら語ったように、自分の判断の正しさに対する確信があった」と、絶賛だ。

★「結果、『どんな犠牲を払っても勝利する』と宣言して、連合国を勝利に導いた。チャーチルは若い頃から、すぐれた伝統と文化をもつ大英帝国の力を維持するには、国民生活の安定が不可欠だと考え、社会保障の充実を唱えてきた。安全保障と社会保障−じつはこれこそが政治家としての私のテーマなのである」と、決意を固める。

★そして結論として「確たる信念をもち、たじろがず、批判を覚悟で臨む−あらたな決意だった」と、政治家は実現したいと思う政策と実行力がすべてである、という原点に返り、安倍ボンは目的を再確認することに執念を燃やす。そこで<国防派No.1>安倍首相は大英帝国時代のチャーチル首相に倣って、どこへ行こうとしているのか。

★「わたしも先見の明がある。軍備の強化こそが中国を抑えられると早くから考えていた」と『強い国』を目指して国防費も倍々アップしていくつもりだろうか。有難迷惑だ。1000兆円の借金国に、そんなお金が何処にあるのか。飛行機代だけで1億円以上も超過で税金の無駄遣い。だから第一次大戦前の英独競合関係に口が滑るのだ。(岳 重人)


2014(平成26)年1月30日
「ヒトラー首相就任」の日に
posted by 岳重人 at 19:16| Comment(0) | 日記